2013年2月12日火曜日

アララト・スタジアムでアザディ(自由)を叫ぶ

今年も横浜までフットボール映画祭に出掛ける。
昨年はジャック&ベティだったけれど、今年は違う会場だ。
こぎれいなミニシアターであった。

4本観た中で、最も自分に近しいものとして捉えられたのは、やはり闘うイラン女子の登場する「フットボール・アンダーカバー」だ。
アンダーカバーというのは、恐らく「イスラムの教え」に添って”体の線が出ないように””肌を露出させないように”と、長袖長ズボン+頭をしっかり覆うというユニホームを指しているのだと思うが、そういういで立ちになると、正直言ってドイツ女子とイラン女子の区別は一見つかなくなる。
ドイツのチームはヨーロッパ系(ちょっと判別しがたかったがスラヴ系もいるかも)に加え、アフリカ系や西アジア系(トルコやイラン)ありの多民族編成(男子のドイツ代表と同様である)、イランの方もペルシャ人やらアルメニア人は元々ヨーロッパ風の顔立ちだから。

これはドイツのドキュメンタリー映画で、女子チームのメンバーと在独のイラン人男性との話し合いからイランの女子チームと国際親善試合をしようということになって、事務的にはいろいろ大変なことがありながら何とかそれらをクリアして、ビザを取り、試合を成功させる、というものだ。
イランに行く、しかもサッカーをしに行けるというのはとても羨ましいことだが、もちろん凄く大きな困難が立ちはだかり、それを一つずつ克服してのことでもある。
未知のイランという土地に試合をしに行くドイツチームも大変だ(アメリカがイランに戦争を仕掛けるかもしれない、と危機感を募らせていた)が、ご承知のとおり何かと制約の大きい中でサッカーに情熱を傾けるイラン女子の姿に大感動!
ドイツ側が撮っているから、何となく『テヘランでロリータを読む』に見られるような西欧感覚でイランを観ている風は否めないが、中心となるマリアンネという少女が終始真摯な態度でとても好感が持てた。

最初は何とアザディ・スタジアム(アジア最大のサッカースタジアムであり、「オフサイド・ガールズ」に見られるように女人禁制である)で試合をするということだったが、やっぱりそれは叶わず、アララトという1万人収容(当局談?)のスタジアムに変更されてしまう。

もちろん、イランでサッカーをしている女性というのは、テヘランなどの大都会の、かなり恵まれた家庭の子女であるわけで、実はお母さんが大いにバックアップしている家庭が多い。
イランの女子サッカーの歴史はかなり古く(ドイツよりも古い)、お母さんは若い頃にサッカーの経験があり、イラン革命で断ち切られた自らの夢を娘に託しているというケースもある。
「クロスの仕方がなってないから、私が教えた」とか。

アララト・スタジアムでの、イラン女子チーム初の国際試合は、アザディが女性を締め出しているのの裏返しで男子禁制となる(でも、録画して放映はするというのだから、何で男性を締め出しているのか趣旨は一貫していないような気がするのも「オフサイド・ガールズ」に登場する少女たちが指摘したそのままである)。
同行してきたドイツサッカー協会役員の男性(トルコ系だとか)もどう掛け合っても入れてもらえず、塀の隙間から覗き見るが、塗りたてだったペンキが顔に付着するという漫画みたいな展開になったり、イランの男性たちも何となく遠巻きにスタジアム付近に群がっていたり、スタジアムの外はコミカルな雰囲気。

(登場する男性たちは大反対したり意地悪したりはしない。「男子のチーム・メッリはふがいないから君たちは頑張れ」とか言ってコピー代をサービスしてくれようとしたりして、割と協力的だ。
一方、スポンサーの石油会社やアリ・ダエイのスポーツショップ(ユニホームを提供してくれることになっていた)は、協力する気はあるものの、実際上あまりあてにならない…というのは、イラン男性一般をある意味象徴しているようでもある。)

試合の応援の中で、イランの女性たちは応援の声を挙げる中で「女性の権利を尊重せよ」「サッカーを観る権利を」という極めて政治的な要求も堂々と行う。
スタジアムには女性の監視員もいて、「女性として節度ある応援を」と放送し、実際観客たちの行動をチェックもしていたりするので、はらはらしながら観ていたが、彼女たちはひるまない。「言ってやったわよ」てなものである。

現実には、あれからもイランの状況は良くなっていない。イラン女子サッカーは大会予選から締め出されてしまった(←不当なことだと思う)。ドイツ以外の国も、どんどんイランと試合をして交流を深めて欲しい。

「フットボール・アンダーカバー」ディビッド・アスマン、アヤット・ナジャフィ監督2008年ドイツ

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